バラード1番
2025 Spring:Ballade No.1
21世紀に入り、日本におけるショパン演奏家の質はますます高まっているのみならず、ショパンの人生と楽曲をめぐる学術研究もまた、飛躍的に前進している。ショパンの全書簡の邦訳(関口時正氏)によって、単にロマンティックで繊細というだけでなく、機知や辛辣な批評精神が横溢するショパンの人柄が再確認された。また同時代詩人たちと旺盛に交流し、ポーランド文学で新たに生み出された詩的ジャンルの構造に匹敵するピアノ曲を創造した詳細が、追究されている(松尾梨沙『ショパンの詩学』みすず書房、2019年)。
音楽の世界において「バラード」というジャンルを実質的に確立したのはショパンであることはよく知られている。興味深いのはこれがまさしく、同時代ポーランド詩人たちが伝統的歌謡を発展させたジャンルであったということである。ポーランド文学の「バラード」の構造をショパンは知的に感受し、自身の楽曲へと練り上げた——ショパンの4つのバラードには共通して叙事詩的な語り手が存在し、何か非日常的出来事が語られるが、語り手自身は徐々にその出来事に巻き込まれ、叙情や激情の渦が巻き起こる——その構造こそが命である。ショパンのバラードを弾く者も、聴く者も、何か特定の詩人や詩句と直接結びつける必要はない。となればショパンを踊る者もまた、19世紀ポーランドの詩人と音楽家が熟成させたバラードの文学的構造を理解した上でなら、その音楽の視覚化に自由に取り組むことができるのではないか——町田樹の振付はそこから出発している。
1931年、パリに亡命したショパンが書いた《バラード1番》には、のちの三曲に通じるリズム、主題のあり方、楽曲の構造がすでに明確に確立されている。日本でも最も人口に膾炙したこの一曲を聴き込み、9分強という(ソロの舞踊としては異様に長い)上演に、町田は渾身の力で挑戦した。
Art Direction(監修):Atelier t.e.r.m
Choreography(振付):Tatsuki Machida(町田樹)
Performance(実演):Tatsuki Machida
Music(音楽):Ballade No.1 Op.23(バラード1番)
[Tzvi Erez Plays Chopin, NiV Classical, NivCD 00021]
Composer(作曲):Frédéric Chopin(フレデリク・ショパン)
Piano(演奏):Tzvi Erez(ツヴィ・エレツ)
Music Editor(音楽編集):Keiichi Yano(矢野桂一)
Costume Design(衣裳):Chaccott株式会社



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